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時間が経つほど離れていくのを止められなかった。
「連峰は晴れているか」の最後
氷菓の「連峰は晴れているか」を見返した。これまでずっと、何度も見返してきているのだが、いまになってようやく気付いたことがある。
最後のシーンでえるが、気になったと言って奉太郎に質問する。折木さんは他の人のために力を尽くす一方で、自分には無頓着だ。それなのに、どうして今回は自分の疑問のために力を尽くしたのか?
奉太郎が返したのは、おおよそ次の通り。自分が思い込んだ他人(今回は小木先生)への評価が、正しいかどうかが気になったから。もし違っていたら、その人に対して無神経になってしまうから。「人の気も知らないで」になってしまうから。
えるは、「それって、とても、…!」と目を輝かせる。ところが、そこで「うまくいえません…」と止めてしまう。
この、最後にえるが言いたかったことについて、これまでずっと考えあぐねていたのだが、ようやくなんとなく分かってきた気がする。
つまり、奉太郎に対するえるの認識ははじめから合っていて、今回もその例外ではなかった、ということだ。奉太郎は今回、自分の疑問の解決に努めただけのように見えるし、直接に他人のために動いたのではない。ところが実は、間接的に他人を思いやった上での行動だったのだ。
奉太郎は、自分に与えられた裁量を過不足なく弁える。彼のモットーは「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に」という省エネ主義だが、これは利己的な省エネではまったくないということなのだ。「やらなくてもいいこと」は、「不必要なエネルギー浪費」というよりも「自分の裁量を超えたこと」なのだろう。
奉太郎にとって、今回の「他人について誤った認識を吹聴したかもしれない」ということは、まさしく彼の裁量を逸脱している可能性があった。それで、彼ができる範囲内(つまり、図書館に行って文献を探す)で是正を試みたのだ。
まとめると、奉太郎から真意を聞いたえるは、奉太郎らしくないと思った今回の行動が、実はとても奉太郎らしかったと気付いたのだと思う。だから、続く言葉は、「それって、とても、折木さんらしいです…!」だったのではないか。
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自分の発した言葉を後から省みると、決まってばらばらで意思が統一されていない。行き当たりばったりに生きていることが露呈し続けているな、と苦い気持ちになる。
日記2
昨日よりは心持ちがよい。
午前中はWebテストを受けた。急かされて問題を解くのはやはり好きでない。より広く、焦ることが好きでない。だから苦手である。
昼からは学校だった。最近の研究室は暖房が効きすぎているのか(そのくせ机は冷たいし)、それとも静かすぎるのか、いずれにせよとても眠くなるので、あまり居心地がよくないと思う。
授業。実は月曜の授業は好きだ。火曜の授業は同時間帯なのにつまらなくて眠くなるが、月曜ではそんなことがない。授業の内容の実用性は全然分からないけど。
論文。昨日の続きをちょっと読んだ。うーん。
うれしかったこと。今日の晩ごはんがハンバーグだったこと。前回のフリーレンがハンバーグ回だったのもあってテンション上がった。
日記
今日あったこと。
寒かった。弟のお祝いで押上に行って焼肉を食べた。ボジョレーを初めて飲んだ(飲んでしまった、Webテストをしなきゃいけないのに)。
線形型の論文を途中まで読んだ。自分の研究にも使えるといいのだけど。まだ分からない。Streaming String Transducer の論文も少し読んだ。これは、読まないといけないのだと思うけど、なんかあまり好きになれない。
夜は家族でコメダに行った。ピザを食べた。弟はピザトーストを頼んだら思ってたよりでかいのが来てしまって、ちょっと食べ残していた。
そしていま。
なんでいきなりこんな日記を書き出したかというと、ひとりが寂しくなったからだ。いままで、ひとりが大丈夫なほうだったし、ひとりが気楽で好きだった。でもそれは、まだ自分で、ひとりでいることと誰かといることの二つの状況から好きなほうを選べていたからだ。もういまは、違う気がする。ひとりでいるしかないような気がする。そばに、誰もいない感じがする。すごく寂しくて、焦燥がつきまとって、胸がつかえる。空気が薄い感じがして、苦しい。だから、人目につくかもしれないところに、自分のことを載せようと思ったのだ。誰にも話せない、今日あったことの話。
、
つらいけどなにがつらいんだろう。